仙台高等裁判所秋田支部 昭和27年(う)184号 判決
検察官佐々木衷の控訴趣意は記録に添付している検事小泉初男作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるからその記載を引用する。
同控訴趣意について。
本件の公訴事実は、被告人は自動車運転者なるところ、昭和二十四年十二月二十二日午前十時二十分頃南秋地区警察署備付の秋第一〇〇〇号貨物自動車を操縦し、秋田市土崎港町より同市茨島旭橋通りに向け、時速二十キロにて進行し、同市花立町越後秀三郎方附近に差蒐りたる際、同所附近に乗合自動車が停車していたのを発見したのであるが、同所は道路の幅員も狭く人通りもあることなれば、速力を減じ停車中の自動車に接触し危害を及ぼさざるよう注意して進行すべきは勿論何時にても停車避譲し得るよう措置を構じ乍ら進行すべき業務上の注意義務あるに拘らず、停車中の自動車のみに意を用い、越後秀三郎方附近小路より自転車に乗り、被告人の前進路に出でたる高橋栄太郎の動静に注視せず進行したるため、自動車の前頭部を右高橋栄太郎の自転車に突き当て、以てその場に転倒せしめて、翌二十三日午前三時頃秋田市所在の秋田県立第二病院において頭蓋骨折内出血により死亡するに至らしめたものであるというのである。
そして原判決は結局本件の小路は、その入口近くに行かなければ、通行人を見得ない場所であり、被害者が突然自転車にて道路に出て来たのを約一間四尺位で発見し、自動車運転者として最善の措置をとつて事故を防止せんとしたが、衝突せしめたというのであつて、その趣意は被告人の速力は二十キロではなくそれよりも遙かに遅く速力の点において被告人に責むべき点がないこと、被害者を発見し得べき距離は右の如く一間四尺位であると認め被告人の過失を認定すべき証明が十分でないとして無罪の言渡したものである。
一、当審受命裁判官の検証調書(昭和二十八年六月二十六日)差戻前の当審受命裁判官の検証調書(昭和二十五年十一月五日図面とも)司法警察員作成の実況見分書(昭和二十四年十二月二十二日図面とも)証人越後秀三郎に対する証人尋問調書(昭和二十五年十一月七日、同二十七年一月二十五日の分)によると、本件の現場は秋田市花立町トヨタ自動車株式会社秋田工場事務所前附近のほぼ東西に走る旧国道で、秋田市通町より稍西進し同市土崎港町に至る途中の道路であるが、該道路は幅員約二十三尺三寸(当審受命裁判官の昭和二十八年六月二十六日検証調書による)、両側に幅約一尺の側溝があり両側特に北側には人家櫛比し側溝に接して建てられていること、道路の両側約三尺五寸の部分を除き中央部を殆どアスファルトで鋪装した平坦な直線道路で東西百米以上の見透が利くこと、被害者高橋栄太郎が自転車に乗つて出て来たところは、道路北側即ち被告人の進行方向の左側でトヨタ自動車工場事務所向側、越後秀三郎方と、その東隣高橋チヱ方との間の幅約一間の、黒滝善造方に至る袋小路で道路から同家迄約六間あること、右袋小路と道路との間の側溝には道路に向つて約四度の下り勾配のある幅約四尺、長さ一尺五寸位の渡板がかけられ、また右小路東北端と向側共用水道栓との略直線上、溝から約八寸の道路内に八橋幹線電話線電柱があること、本件道路は人車の交通頻繁であるが、本件事故当時は小雪の時々ちらつく程度の曇天で積雪なく、道路面は幾分ぬれていた程度であつたこと、本件事故当時右トヨタ工場事務所前に被告人の進路と反対の方向に向け乗合自動車が停車しており、その間を被告人の貨物自動車が進行しようとしたこと、本件自動車を運転する場合右袋小路の入口略中央辺に自動車の先端が進んだときは袋小路の内部約六尺、それより三尺手前においては四尺位を見ることができるが、その手前においては人家のため袋小路内の人車を見ることが出来ず、又かかる袋小路が存することも判らない状況であること、しかし袋小路に至る前記渡板中央辺に人車が出たときには西方約五十米においてこれを認め得ること、被害者が倒れた場所は右電柱から七尺乃至十二尺位、電柱と渡板中央辺との間は約三尺であること、右袋小路ほぼ中央部から道路に直角の直線上側溝から約一米九〇センチを始点とし東約一米六〇センチの自動車のスリツプの跡があつたことが認められる。
なお当審昭和二十六年四月十八日差戻前の公判調書中証人伊藤正雄の供述記載および当審(差戻後)第六回公判調書中被告人の供述記載によれば被告人の運転した自動車はブレーキなどに故障がなかつた事実が認められる。
二、そこで被告人の運転した自動車の速度について考察するに前記証人越後秀三郎に対する各尋問調書、前記各検証調書、当審(差戻後)における証人鵜沼彌生の供述(第六回公判調書の記載、以下同じ)によれば、被告人の運転した自動車の本件事故直前急停車の措置をとつた際の速度は時速十粁以上十五粁未満であつたことが認められる。検察官は被告人の当時とつた速力は時速約二十粁であつたと主張しているのであるが、この主張は採用しない。
三、つぎに、被告人が被害者を発見した地点について考えると、この点についての被告人の供述は区々で一貫していないのであるが、司法警察員の実況見分調書、証人高木善蔵に対する昭和二十七年一月二十五日の尋問調書および検察官に対する被告人の第二回供述調書によれば、被告人は袋小路から自転車に乗つて出て来た彼害者をその約四米(約十三尺二寸)前方において発見したものと認めるのを相当とする。けだし右距離は事故発生後間もなく司法警察員高木善蔵に指示したものである点からみて信用するに足ると考える。
四、以上により被告人は時速十粁以上十五粁未満の速度で進行中前方約四米の道路上に被害者を発見したことが認められるのであるがしからば、被告人はそれ以前において被害者を発見し得なかつたかどうか、また右速度が果して妥当のものであつたかどうか、これらの点について考察を進めなければならないのであるがその前に本件の場合被告人に要求される注意義務について一言する。
司法警察員の実況見分調書、当審昭和二十五年十一月七日の検証調書、証人越後秀三郎に対する昭和二十五年五月十二日、同年十二月七日、昭和二十七年一月二十五日の各尋問調書、当審における証人越後秀三郎の供述(第三回公判調書の記載、以下同じ)当審の鑑定人鵜沼彌生の鑑定書、司法警察員および検察官に対する被告人の各供述調書によれば、本件の事故発生当時被害者の出て来た袋小路の前方にあたり被告人の自動車の進行方向からみて右側(南側)には乗合自動車一台が停車していたのであつて、その停車の位置は道路と直角をなす袋小路の大体中央部の直線上に乗合自動車の後部があり(昭和二十七年十一月七日の検証調書附属図面参照、証人越後秀三郎の指示による)車体は道路に沿う側溝に平行し、その車体の長さ七米四〇糎、幅二米二〇糎であり、これにより道路の幅員約三米を占有していたことが認められるので、被告人の運転する自動車は右袋小路より手前七米四〇糎の間は左側の幅約十三尺程度(道路幅員約二十三尺から三米即ち九尺九寸を控除した幅員)の間を進行するわけであり、しかも前記のように右小路を出たところに電柱があり、その電柱は側溝より約八寸道路に出ているのである。したがつてその間を車体の幅二米〇四糎(約六尺七寸余)を有する被告人の自動車が進行する場合残る道路幅員は約六尺三寸であり、その間の中央部を進行すれば左右に約三尺余即ち人が一人通れる程度空くにすぎないのであつて、しかもこの場所は人家、工場等が両側にならび、交通頻繁であるから、かりにその間に障碍物があつても、左右に避けることはできないのである。このような道路を通過する場合自動車運転者たる者は前方を十分注視するは勿論、何時でも急停車し得る程度に速度を減じて進行し、危険の発生を未然に防止すべき義務のあることは当然である。
もつとも前記説明のとおり被害者の出て来た袋小路は、これに近ずかなければ判らないのであつて、前方に袋小路のあることを考慮して運転することを被告人に要求できないのであり、当裁判所もこれを被告人に要求しているのではないのである。
五、しからば被告人は前方注視義務を怠らなかつたであらうか。司法警察員の実況見分調書によれば、被告人が約四米前方で被害者を発見したとき被害者は側溝から一米二〇糎道路に出ていたのであるが、前記各証拠によれば道路は直線で見透しよいのであるから被告人は被害者が側溝に出たときに被害者を発見し得たものと認めざるを得ない。そこで被害者が側溝に出たときの被告人の位置について考察を進めると、原審(差戻後)証人荒川秀晴の供述(第二回公判調書の記載)によれば、同人が司法警察員の実況見分調書に基き、被害者の小路から出て転倒するまで(同調書中側溝より被告人の発見したときの被害者の位置(イ)点まで一米二〇糎、(イ)点より被害者の転倒した(ロ)点まで四米一〇糎、合計五米三〇糎)ゆつくり自転車に乗り、実験したところ、四秒ないし五秒を要した事実が認められる。この実験の結果は当審(差戻後)における証人越後秀三郎の供述により認められる被害者の自転車の速度は被告人の自動車の速度より遅かつた事実および原審(差戻前)証人越後秀二郎に対する尋問調書により認められる当時被害者は自転車に乗りフラフラしながら出て来た事実に対照し、また経験則に照らし信用するに足りる。しかし右証人越後秀三郎の供述によれば被害者は自動車と衝突した場所で倒れたのではないから、被害者が側溝から出て転倒するまでの所要時間を基準として被害者が側溝から出たときの被告人の位置を測定することは不合理であるが、前記実況見分調書によれば、被害者が側溝から一米二〇糎道路に出たところを被告人が約四米前方で発見しているので、被害者が右一米二〇糎を走つた時間を算出し、被告人の自動車がその時間に走る距離を見出すことにより被害者が側溝から道路に出たときの被告人の位置を測定することができる。右実験の結果によれば、被害者が一米二〇糎走る所要時間は四秒を基準とすれば約〇、九秒、五秒を基準とすれば約一、一秒を要したわけであるから被告人の自動車は、時速十粁とすれば一秒約二米七七糎走るから約〇、九秒では約二米五〇糎、約一、一秒では約三米走行し、時速十五粁とすれば、一秒約四米走るから、約〇、九秒では約三米六〇糎、約一、一秒では約四米四〇糎走行するわけである。右計算によれば被告人は被害者を発見した約四米前方より更に少くとも約二米五〇糎(時速十粁で被害者の側溝より約一米二〇糎道路に出るまでの所要時間約〇、九秒の場合)前方において、即ち合計して約六米五〇糎(約二十一尺四寸五分)前方において被害者が自転車に乗り側溝のところを出るのを発見し得たものといわなければならない。当審の昭和二十五年十一月七日の検証調書および当審の証人越後秀三郎の供述によれば、被害者が自転車に乗り袋小路から道路に出る側溝上の渡板の上に出たとき被告人の自動車は越後秀三郎のいた地点(被害者の出て来た渡板上から側溝に沿い西方約十三尺の道路上の地点)よりも更に西方同人方隣家加賀久之助方正面玄関中央前の路上にあつたという事実が認められ、右事実は当裁判所の前記被告人が被害者を発見し得た地点の認定が正確であることを裏づけている。
この約六米五〇糎前方の地点は、前記のように停車していた乗合自動車の後部が被害者の出て来た袋小路の前方であり、その車体の長さは七米四〇糎であつて、右自動車は西方を向いていたのであるから、右乗合自動車の前部のところを約九〇糎通過した左側の狭められたしかし見透しのきく道路上の地点であつて、被害者の発見を妨げるものはなかつたのである。そして前記実況見分調書によれば、被告人が被害者を発見して急停車の措置をとり、完全停止したまでの距離は五米六〇糎であるから、もし被告人が被害者を発見し得た約六米五〇糎前方において急停車の措置をとつたならば被害者と衝突することを避けることができたのである。被告人の被害者を発見することが遅かつたのであつて、これは前方注視の義務を怠つたものと認めざるを得ない。
六、なお速度についても問題がある。前記のように狭くなつた道路を通過する場合は前記説明のように直ちに急停車し得る程度に速度を減ずべきであつて、発見後五米六〇糎進まなければ停車しないような速度、換言すれば時速十粁以上の速度は直ちに急停車し得る速度とはいえない。当審の証人鵜沼彌生の供述によると、時速十粁未満の場合は一米足らずで停車することができるのであつてこの程度の速度こそ直ちに急停車し得る速度というべきである。よつて、当裁判所は被告人が自動車運転者として停車している乗合自動車の左側を通過する場合のとるべき速度は時速十粁未満であると判断する。この点に関する同証人の意見は採用できない。もし被告人が時速十粁未満の速度で停車している乗合自動車の左側を通過しようとしたならば、約四米前方において被害者を発見したのであるから発見が遅れたとしても直ちに急停車して被害者との衝突を避け得たことは明らかである。被告人は速度の点についても業務上必要な注意義務を怠つたものといわなければならない。
七、原審(差戻前および差戻後)および当審における前記の証人越後秀三郎に対する尋問調書ないし供述によれば被害者は自転車に乗り道路に出た際西方(右側)道路の方に注意せず、そのまま進行したことが認められるのであるが、自転車に乗り小路から交通の頻しい道路に出るときは当然一旦停車して道路の左右を見てから進行すべきであるから、本件事故は被害者にも過失が認められるのである。しかし被害者に過失があつても、被告人の過失を無にするものではない。
八、原判決は証拠の判断を誤り、事実を誤認したものであつて破棄を免れない。論旨は結局理由がある。
そこで刑事訴訟法第三百九十七条により原判決を破棄し同法第四百条但し書により更に判決する。
「罪となるべき事実」
被告人は自動車運転者で、昭和二十四年十二月二十二日午前十時二十分ごろ、南秋地区警察署備付の秋第一〇〇〇号貨物自動車を運転し、秋田市土崎港から同市茨島旭橋通りに向け同市花立町道路を時速約二十五粁位で東進したところ、同町トヨタ自動車株式会社秋田工場事務所前附近道路は幅員約二十三尺三寸で略直線道路であるから百米位の見透は利くが、その両側に約一尺位の側溝があり、左側(北側)は側溝迄人家が櫛比して建てられ、また右側(南側)には前記トヨタ秋田工場事務所があり、相当人車の交通頻繁であるうえ右秋田工場事務所前道路に長さ七米四〇糎幅二米二〇糎の乗合自動車が停車して約九尺九寸(三米)の幅員を占有し、その間の残つた道路幅員は僅かに十三尺位であるから、かかる道路を運転進行せんとする自動車運転者は、前方に現われることあるべき人や車を予想して運転すべく、若し危険あるときは、乗合自動車のため左右に避けることができない状況を考慮し、単に警鈴を吹鳴するのみならず前方左右に留意し、何時にても急停車し得るよう速度を時速十粁未満に減じ、細心の注意を以て事故を未然に防止し得るよう措置すべき業務上の義務があるに拘らず、警鈴を鳴らし速度を時速十粁以上十五粁程度に減じたのみで、該道路右側に停車している右乗合自動車の左側を通過しようとしたため、該道路の左側にありかつ右乗合自動車の後部の(北方)向側にある越後秀三郎方と高橋チヱ方との間の袋小路から自転車に乗り該道路に出て来た高橋栄太郎を少くともその約六米五〇糎手前で発見し得べかりしにかかわらず、不注意にもこれに気ずかず進行し、かつ減速の程度に関する判断を誤つた結果約四米に迫つてこれを発見し、急停車の措置をとつたが及ばず右自転車に自動車の前部緩衝器左部を衝突せしめて同人を街路に倒し、翌二十三日午前三時頃秋田市、県立第二病院において頭上骨の打撃性骨折並大脳頭頂葉脳皮質部軟化出血により死亡するに至らしめたものである。
(「証拠の目標」と「法令の適用」は省略)
(裁判長裁判官 中兼謙吉 裁判官 大島雷三 裁判官 西田賢次郎)